m!h!totsuKAMI

絶体絶命のクリーミー系マガジンミヒトツカミオンウェッブ

今までに経験したことないくらい、最高のハッピーの中

K太くんが死んでしまって明日葬式があるという連絡がきた日、私は一睡もできなかった。もう、3年も前のことだ。K太くんとは別に仲が良かったわけではない。学生時代に喫茶店でバイトをしていたときの後輩だった。その喫茶店ではメニューの中から好きなものをマスターがまかないとして作ってくれるのだけど、バイトが二人以上同時に上がるときは同じメニューにしなきゃいけないというルールがあった。シフトがほとんど同じだった私とK太くんは、よくじゃんけんでメニューを決めた。私はいつもグーを出して、彼はいつもチョキを出した。大きな爪の長い指だった。話すこともないから、あとは同じフライパンから取り分けられたパスタを別々の席でそれぞれ、黙々と食べた。いいやつだなあ、と思っていた。

全然眠れないので、通夜の準備をした。「香典」をググって、金額や香典袋の書き方を調べた。親しさによって包む金額が違うことも、筆ペンのうす墨の用途も聞き知っていたことだけれど、自分の名前で香典を包むことが今までなかったので、全て確信のないことだった。喪服はちゃんとしたのを持っていなかったので母のを借りることにした。用意を済ませたあとは、何もすることがないので風呂に浸かっていた。ぬるくなったら追い炊きをして、それを何度も繰り返して時間をつぶした。

他のバイト仲間と駅前のミスタードーナツで待ち合わせをした。私たちはお互い包んだ香典の額と、服装と、これから行うお焼香の動作を確認しあった。アミちゃんは包みすぎということになり、しょうがないからストロベリーリングを買ってお金をくずしていた。買ったストロベリーリングは手をつけられないまま、ゴミ箱に捨てられた。

あれだけ調べて確認したのに、礼をする際に後ろに並ぶ男の子のことをお尻で押してしまったりして、私はお焼香にもたついた。親族席にはK太くんの両親とお兄さんが並んでいた。K太くんのお母さんはぐったりしていて、黒くて固い着物にすっかり着られてしまっているようだった。涙が涸れた人を初めて見た。K太くんが入っている棺はぴったり閉ざされていて、遺影の中のK太くんは白いネクタイをしていた。成人式の写真なんだろうと思った。全てがちぐはぐだった。

 

それから一週間ほどして、私は映画サークルの同期とOGの先輩の家に行った。先輩はその年の始めに男の子を産んでいて、その時学生の私の周りでは結婚だってよくわからないものだったので、すっかりお母さんになっていた先輩の姿にとまどった。撮影の合間に、先輩がハンディカムで出産のときのビデオを見せてくれた。出産シーンをビデオに撮ったり年賀状に自分の子どもの写真を載せたりする人がいることは知っていたけれど、正直そんなことをして何の意味があるんだろうと思っていた。

先輩の夫が持つカメラは、先輩が痛みでうなり何かを叫ぶ度に大きく揺れてベッドの端っこや病院の壁が映った。出るぞ、と言う瞬間にはカメラが医者の手元に寄り、画面が細かく上下する。どうやら震えているのらしい。あ、まんこが映る!と言って、先輩がぱっとハンディカムの液晶を隠した。先輩の指の間から、産声が漏れだす。

「馬鹿なことを聞くようですけど、やっぱり痛いんですよね……?」

「うーん、痛いんだけど、産んでるときってエンドルフィンが出てるから、超ハッピーな気持ちなんだよね」

「え?」

「今までに経験したことないくらい、最高のハッピーの中にいたんだよね」

私は、もうもう、何だかたまらなくなってしまって、煙草をつかんで慌てて外に飛び出した。自分の母のことを思った。そして、喪服に着られてしまったK太くんのお母さんのことを思った。

先輩の眠っていた息子が起きだしたようで、泣き声が聞こえる。

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1月の後半ともなれば世界はすっかり2014年。年末の、一年分のあれこれが大晦日に向かってぎゅうっと収束していくあのスピードと高揚を思い出して、現在の始まってしまった日常の空気が不思議に思えます。いかがお過ごしでしょうか。

私はといえば年末、いやその前から同じようなこと(職とか愛とか金とか)をずっと考えていて、新年といえど手帳みたいに今までのことをさっぱり脱ぎ捨てて頭の中をすっかり新しいものに取り替えられるわけじゃないんだよな、と当たり前のことを感じたりしています。(結局手帳はほぼ日じゃなくて、スヌーピーのにしました)

去年の終わりに観た『かぐや姫の物語』にとにもかくにも深く感動してしまったのでそのことについて書こうと思ったんだけど、それは突き詰めると私の個人的な体験に深くリンクしたからだなあと思ったので、このような日記になりました。必ずしも全ての出産がそうなわけじゃないけど、身体から有無を言わさず分泌されるエンドルフィンで、どうしても最高のハッピーの中に産まれてしまうことと、翁がかぐや姫を「ひーめ!ひーめ!」って呼ぶあのシーンに満ちていたようなものや、何でもない野山の草木が芽吹くシーンの美しさが、私には同じものに思えるのです。自分のために書いた文章だなあ。

ちなみにこの日記は1月11日から書きはじめました。結局その日のうちにアップどころか、大変遅れちゃったけど、改めて、お誕生日おめでとう!

ではでは。

 

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